マタイ福音書 4章18~25節
もう正月も過ぎてしまいましたが、1年の初めを迎えると人はこの1年を展望して抱負を語り、夢を新たに描きます。わたしの大きな夢、それはかなえられるはずもないことですが、イエスが人々に語りかけられる言葉をそのそばで聞き、イエスが為される奇跡をそのそばで体験することです。
そのことが許された弟子たちというのは、なんと幸せなことかと羨ましく思います。一体イエスの弟子となるにはどんな条件が満たされる必要があったのでしょうか。
どんな師弟関係でも最初の弟子集団というのはとても重要視されます。イエスの最初の弟子も他の弟子たちとは違って、イエスの重要な場面にいつも立ち会っていました。
一つの場面。今読みましたところに登場する4人のうちアンデレを除く3人は、イエスが高い山に登られ栄光に白く輝く姿に変わられ、旧約時代の重要人物であるモーセとエリヤという過去の人たちと語り合うという不思議な場面に立ち会っています。そしてもう一つ。イエスがエルサレムにあるゲッセマネの園で敵に捕らえられ、処刑される直前、血のしたたりのような汗を流しながら神に祈られた時も、3人はそのそばに招かれていました。
そんな重要な位置を占める弟子は、いったいどのような条件を満たしていたのだろうと、わたしは羨ましく思ってしまいます。ただ、その条件というのがはっきりとは分かりません。
分かっているのは、最初に招かれた弟子たちは皆漁師だったということです。ペトロという弟子は、中でも弟子の代表のように聖書の中では様々な場面で登場してきます。このペトロと呼ばれたシモンとその兄妹アンデレとは、湖で網を打って漁をしているところをイエスから「わたしについてきなさい」と言われ、即座に網を捨ててイエスについて従っています。
その後に登場するゼベダイの子たちはすでに漁も終えて舟の中で網を繕っていたのに比べると、ペトロたちは余裕がなく、漁をし続けなければならない状態であったようです。ペトロたちは、もっとも零細な漁師だったのでしょう。
この地域の漁師の生活についてわたしたちは多くを知りませんが、聖書の記事の中に描かれる様子から想像することができます。それは、いつも自然の息吹を読み取りながら漁をしていたということです。ガリラヤ湖には、時に突風が吹き荒れ、高波が発生することがありました。弟子たちが嵐に遭遇する場面が、聖書には何カ所か描かれています。
そんな危険な湖でしたが魚は豊富で、今でも口の中で卵をかえらせ、また稚魚の間も口の中で危険から守る珍しい魚や、コイの仲間、そして「キレネトのいわし」と呼ばれる15センチほどの小さな魚など様々な種類の魚が捕れました。
漁師たちは、危険な湖で漁をするため、自然を読み取っていたのです。自然のリズムに抗うのではなく、そのリズムに従う中で生活していました。
この深い湖の底にはレビヤタンと呼ばれる龍に似た怪物がいると信じられていた時代です。嵐の中、弟子たちは必死で舟を保とうとしながら、一人眠っておられるイエスを起こして「わたしたちが沈んでしまっても構わないのですか」と訴える場面も福音書に記されています。死の恐怖と闘いながら、彼らは力を合わせて、命をはって仕事をしていたのです。
このような漁師であった弟子たちが、最初の弟子として招かれていたのです。弟子となるための条件といえるのかどうかは分かりませんが、イエスが弟子とされた人たちの一つの特徴というのが見えてくるように思えます。このことは、後でもう一度触れたい思います。
イエスに招かれた時、弟子たちがどのように対応したのかのほうに目を向けたいと思います。今日読みましたマタイ福音書では、イエスの言葉かけは余りにも突然です。
イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられた時、ペトロと呼ばれるシモンとその兄妹アンデレとが、湖で網を打っているのをご覧になって声をかけたというのです。かれらは、イエスが何を語り、どんなことをされるのか全く知らないままに声をかけられているのです。あとのゼベダイの子ヤコブとヨハネも同様です。
普通に考えると、突然声を掛けられてついていくなんて、なんと無謀な、そんなことあり得ないと私たちは考えます。ただ、このことで象徴的に表されていることがあります。彼らはイエスがどのような方であるかを理解できたから従ったということではないということです。イエスから声をかけられた時、なぜか内からつき動かされるものがあり踏み出したのです。聖霊の働きともいえます。そして、イエスに従った後に、イエスの為されることに触れ、理解を深めていくのです。
わたしたちがイエスによって示された命の道を学ぶのも同様です。わたしたちはイエスの全てを理解できているわけではありません。しかし、このイエスにおいてこそ神が示してくださる命の道があることを信じ、そのことに人生をかけて信仰の道へと踏み出しているのです。そもそも出会いというのは、このようなものなのでしょう。
弟子たちは、イエスから言葉を掛けられた時、網を捨て、あるいは舟と父親を残してイエスに従っています。イエスに従うということをこそ、第一として生き始めたのです。この後、弟子たちはイエスを十分理解できず、時に厳しくイエスから叱責されます。その都度、このイエスに従うということをこそ、第一とする原点に立ち返っていったのです。
わたしたちはどうでしょうか。わたしたちがイエスから学ぶというときに、今の自分の立場をまず前提にしてそこから離れない範囲で受け止めようと留まっていはしまいか。鋭く問われます。聖書を読んでいると、今の自分の生き方を根底から揺さぶるような問いが迫ってくることがあります。あなたはそれでいいのか、と悔い改めを迫られる時があります。弟子たちは、網を捨て、父をおいて従いました。それに対して、私たちが揺さぶられ問われていると感じながらも、結局は自分の立場から離れないままである時、それはイエスに従うことのないままに終わっているということになっていまいます。
かつてアメリカの南北戦争の時代、黒人解放に抵抗して奴隷制度を維持しようとしていた南部では、この奴隷制度を思想的に支えていたのはキリスト教会でした。これが神のもたらされた秩序だと主張していたのです。人間を家畜以下に扱いながらそのことに心を痛めることもなかったのです。南部は奴隷制度を前提にして農場経営がなされ、経済活動が支えられているという社会全体の構造がありました。その中で、人が神に似せて造られた尊い存在であるとの聖書の言葉は無視されていたのです。イエスが最も小さくされている人々との出会いの中で語られる言葉は聞き流されていたのです。イエスが最も小さくされている人々と共におられる姿から迫ってくる問いかけを受け流していたのです。
最初の弟子たちは、網を捨て舟と父親とを残してイエスに従いました。それまでの生き方を支えていたものを離れて、イエスに従うことを第一とする生き方へと踏み出したのです。完全に漁師であることを止めてしまったわけではありません。時に舟を出すことがありました。時に漁をすることもありました。ただ何よりもイエスに従うことを第一とし続けたのです。
イエスはこの弟子たちを連れてガリラヤ中を回って、教え、神の国の喜ばしい報せをもたらし、そしてあらゆる病気や患いをいやされました。イエスのもとを訪れてくる病人、あるいは苦しみを抱える者、悪霊に取り憑かれたと皆から遠ざけられている者、てんかんの者や、中風の者、そして今ここには登場しませんが、重い皮膚病のため家族からも離されて生活している者をイエスは大切にされました。
弟子たちは、それまでの漁師としての生き方を第一とすることから離れたとはいえ、ものの受け止め方や人との関わり方などが劇的に変わったわけではなく、従来のままでした。イエスのもとに訪れてくる人々に対する、戸惑いや拒否反応もあったと考えられます。
生まれつき目の見えない人を見かけて「この人が生まれつき目が見えないのはだれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」と問いかけるような偏見に囚われていました。
この弟子たちの誤ったとらえ方に触れるたびに、イエスはこれを是正されました。この人が生まれつき目が見えないのは、誰かの罪の結果だというのではない。この人に神の栄光が顕れるためなのだ。この人の命は、神の器として用いられる尊いものだと迫られたのです。
弟子たちがどんな否定的な気持ちを抱えながらであっても、そんな弟子たちを受け入れてくださるイエスのもとにあって学んだのです。自分たちの抱える否定的な気持ちを第一とせず、そこから離れてイエスがなされることから学んだのです。イエスが出会われる人々から学んだのです。
世の中のもののとらえ方を離れて、イエスを通して示される神の愛を第一とする生き方へと呼び集められているのが教会です。
弟子たちはイエスを完全には理解することができずに誤解し、誤った対応をすることが度々でした。その都度イエスから新たに学ぶのでした。わたしたち教会も、今なおイエスを十分理解しているとは言えず、誤解し、誤った歩みに進んでしまうことがあります。しかしその間違いに直面する度に、イエスから新たに学び、神の御心に沿った生き方へ歩み出すようにと、イエスから呼びかけられているのです。
イエスの最初の弟子たちが、当時の神の教えについて学ぶ学者や熱心なファリサイ派の人々ではなく漁師であったというわけが、これら一連のことを見渡す中で見えてくるように思います。
上野英信という筑豊に生きた牧師の書かれた『地の底の笑い話』という本が岩波新書から出ていますが、その扉に次のような鹿児島の諺が記されていることを、ある牧師が教えてくださいました。
「歌はむごにききやい 道やめくらにききやい 理屈やつんぼにききやい 丈夫なやちゃいいごっばっかい」
不快語が用いられていますが、それが返ってこれらの人々への心から敬意を逆説的に表している内容です。むごとは話すことができない障がいをもった人々のこですが、声を出せない人々こそが本当の歌を知っている。目の見えない人こそが本当の道を知っている。耳の聞こえない人こそが、本当の理屈を知っている。それに比べて丈夫な者は口ばっかりで真実を知らないという意味です。
漁師たちは自然の息吹を読み取りながら漁に出かけます。嵐にあう時には皆で協力して命がけでその艱難を乗り越えてきたのが漁師たちです。彼らは身体で神によって生かされている現実を知っている者の代表でした。頭でっかちになって、悩み苦しむ人間の困難な現実から離れた場所で、距離を置いて眺めている者ではありませんでした。
その漁師が、網を捨て舟と父親とおいて、これらを第一とすることから離れてイエスに従い学びつつ歩んだのです。
この漁師を弟子たとされたイエスが私たちに呼びかけられます。「私についてきないさい」と。
このイエスに従う道に、豊かな命があるのです。たとえ十字架が迫ろうとも、それを克服する復活の命への道なのです。
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